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名古屋高等裁判所 昭和60年(ネ)792号 判決 1987年4月22日

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  主位的請求について

本件控訴を棄却する。

三  予備的請求について

1  被控訴人は控訴人に対し、金七〇〇万円及びこれに対する昭和五九年五月一二日以降完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  控訴費用は第一・二審を通じてこれを一〇分し、その六を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

五  この判決の第三項の1は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

(控訴人)

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は控訴人に対し、金一七〇〇万円及びこれに対する昭和五九年五月一二日以降完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

3  控訴費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

(被控訴人)

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者双方の事実上の主張及び立証

次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決三枚目裏終りより二行目に「株式会社ワールド」とあるのを「ワールドプロデウス株式会社」と補正する。)。

(控訴人の主張)

一  主位的請求について

被控訴人の本件一七〇〇万円の返還義務は、同人と控訴人との間にかねて結ばれていた普通預金契約並びにこれを前提とする本件手形(別紙目録のとおり)の取立委任契約及び同取立金の預金の合意における当事者の効果意思からすると、控訴人の普通預金規定3の(2)「受入れた証券類が不渡りとなったときは、預金になりません。この場合は、直ちにその通知を届出の住所宛に発信するとともに、その金額を普通預金元帳から引落し、その証券類は当店で返却します。」(以下「本件不渡条項」という。)から、直接導かれる(原判決摘示の控訴人の主張はこの趣旨である。)が、仮に右当事者の効果意思の点を離れても、被控訴人は控訴人に対し、右不渡条項の解釈上ないしは前記各契約に信義則上付随する義務として、本件金員の返還義務を負う。即ち、一般に手形取立の委任契約は、当該手形が決済された時に、委任者に右手形金を取得させることを目的とするものであることを考慮すると、これとは逆に当該手形が決済されず、しかもそれにも拘らず、前記預金契約及び合意に基づき誤って手形金相当の金員が払い戻されたような場合には、右金員は、常に預託者において受託者たる金融機関に返還すべき信義則上の義務があるというべきである。

二  予備的請求について

1 控訴人から被控訴人に対する本件一七〇〇万円の交付が、右両者間において不当利得の関係を生じさせることは既述(原判決摘示)のとおりであるが、右について被控訴人は当初から悪意の受益者であるから、同人はいわゆる現存利益欠缺の抗弁を主張しえない。

2 仮に被控訴人が当初は善意であったとしても、昭和五九年二月二七日午後四時三〇分頃、被控訴人が控訴人から初めて本件手形金相当額である一七〇〇万円の返還を求められた時には、被控訴人は訴外井上路生に対し未だ右金員を引渡していなかったところ、右要請を受けるや、被控訴人は、控訴人の追求を免れるため、急拠、右井上に本件金員を交付したか或いは交付したかのように作為したものである。

右の如く受益者が善意から悪意に変わった場合には、その時点から悪意の受益者をもって論ずべく(従って利益の現存性は問題とならない。)、少なくとも利益の現存については、右の時点を基準として判断させるべきであって、その後利益が減少しても右は参酌すべきではないから、被控訴人には利得が現存するというべきである。

3 仮に然らずとするも、被控訴人が前記井上から本件手形の取立を依頼され、その後預金払戻しの形で受け取った右手形金相当額を井上に対し、右委任契約上の受取物引渡債務を履行する意思で交付することは、金銭の取得と喪失との間に密接不可分の関係が存する場合には当たらない。即ち、本件約束手形が不渡りとなった場合、井上は本件手形金を取得する法律上の権利がなく、従ってまた、被控訴人もこれを井上に引き渡すべき義務を負わない。それにも拘らず、被控訴人が井上に右手形金相当額を交付した場合は、被控訴人は井上に対し右金員を不当利得として返還を求めうる権利を有することになるから、被控訴人には利得が現存するというべきである。

一般論によっても被控訴人には右のとおり利益が現存すると認められるが、更に次の事情を参酌すると、被控訴人は井上に対し、本件手形金相当額を交付したとしても、実質上、右は依然被控訴人の手元に現存するというべきである。即ち、本件事故が発生した当時、井上の事業は順調であったから、被控訴人が同人に強く返還を乞いさえすれば、井上はこれに応じて返還した可能性があった。しかるに、被控訴人は、控訴人からの再三の請求や仮差押申請によって訴を提起されるのも必至の状況にあったのに、拱手して井上に対し何らの働きかけもしないうちに同人の事業は倒産するに至ったものである。被控訴人が井上に対し、あえて返金の要求をしなかったことは、被控訴人と井上が、意を通じて控訴人に対する金員返還義務を免れようとしたからに外ならぬのであって、かかる事情を考慮すると、被控訴人に利得が現存するというべきことは一層明らかである。

4 仮に以上がすべて理由がないとしても、本件において控訴人が被控訴人に対し手形金相当額を誤って払い戻したことは、専ら顧客の便宜を図った結果であること、被控訴人は井上と共同経営者であるなど極めて密接な関係にあること、井上は一旦本件金員を返還することを承諾したのに、被控訴人がこれに同調しなかったこと等の諸事情を総合勘案すると、被控訴人が利益が現存しないことを主張して本件金員の返還を拒むことは、信義則に反しかつ権利の濫用として許されない。

(被控訴人の答弁)

控訴人の主張及び再抗弁(前記4)はすべて争う。

被控訴人は受益者でもないし、然らずとしても利益は現存しない。いずれにしても、被控訴人は、控訴人方で手形決済ずみというので、その支払を受けたにすぎないものである。

(新たな証拠)(省略)

理由

第一  主位的請求(契約に基因する金銭の返還義務の履行請求)について

当裁判所も控訴人の右請求は失当と認めるものであって、その理由は次に付加するほか原判決理由第一に説示のとおりであるから、これを引用する。

控訴人は、本件各契約に関する当事者の効果意思のほか、本件不渡条項の解釈からしても、また本件手形の取立委任契約並びに普通預金契約及び将来預金の合意に伴う信義則上の付随義務からしても、被控訴人は控訴人に対し本件金員を返還すべき義務を負うという。

しかしながら、被控訴人について本件金員一七〇〇万円の不当利得があったと目すべきことは後に認定するとおりであるところ、そうとすれば控訴人は右不当利得に基づいて自らの権利救済を図りうるのであって、あえて既に説示したとおり(原判示)、文理上も控訴人の主張するとおり解釈するのに困難な本件不渡条項をもってしたり、或いは信義則を用いて本件金員の返還義務を認めねばならぬ必要性は認められない。のみならず、記録を検討しても、右の如き一般条項を用いて控訴人の権利救済を図らねばならぬ具体的事情も見出し難い。

よって、控訴人のこの点の主張は採用することができない。

第二  予備的請求(不当利得に基づく金銭の返還請求)について

一  被控訴人が控訴人の名古屋支店と、昭和五一年一月ころ、請求原因1の(一)ないし(三)の内容を含む普通預金契約をしたこと、被控訴人が控訴人名古屋支店に対し、昭和五九年二月二一日、本件手形の取立を委任し、かつ、取立のうえは右手形金相当額を右普通預金口座に寄託する旨の合意をしたこと、同月二七日午後一時五〇分ころ、控訴人名古屋支店は被控訴人の普通預金払戻し請求に応じて、前記手形金相当額たる一七〇〇万円を被控訴人に対して支払ったこと、しかるに本件手形はその前に不渡りとなっていたこと、以上は当事者間に争いがない。

右のとおりであるから、被控訴人は法律上の原因なくして一七〇〇万円を利得し(なお、同人は後記のとおり訴外井上から本件手形の取立手続を依頼されてこれを実行した立場にある者ではあるが、右井上から被控訴人に対し本件手形に通常の譲渡裏書がなされていること及び右手続につき被控訴人名義の預金口座が使用されていることからみて、井上のみならず、被控訴人もまた右不当利得の受益者とみるを妨げない。)、また控訴人は右と同額の損失を被っているものである。

二  そこで、右不当利得についての被控訴人の悪意ないし利得現存の有無に関し、まず本件の事実関係を検討する。

1  被控訴人と井上路生の関係並びに本件手形の取立に至る経過について

成立に争いのない甲第二号証、原審証人石川兼雄の証言並びに原審及び当審における被控訴本人の供述(後に措信しない部分を除く。)に弁論の全趣旨を参酌すると、次の各事実が認められる。

(一) 宝石の卸売りを目的とする訴外ワールドプロデウス株式会社(以下「ワールド」という。)は、昭和五八年四月ころ、被控訴人も発起人の一人となって設立された会社であるが、井上義広こと井上路生がこれを主宰し、被控訴人は名刺には同社の専務取締役なる肩書を印刷しているが、真実は役員でもなく、また株主でもない一介の従業員にすぎなかった。

また、本件関係者の一人である石川兼雄は、凱旋門なる名義で同じく宝石卸売りをしていたというけれども、ワールドが名古屋市昭和区御器所所在の東進ビル内にかまえた事務所に同居し、凱旋門としては真実は仕事らしい仕事もせず、同人もまた被控訴人同様ワールドの従業員にすぎなかった。

(二) 被控訴人は、昭和五八年七・八月ころから翌五九年四月ころまでワールドに勤務したが、その間被控訴人は、ワールドないし井上に対して計約一四〇〇万円の貸付をし、右賃金は未回収のまま退職するに至った。

また、石川も、被控訴人と同じころワールドに勤務し、同社ないしは井上に対し同様に約一億円の貸金債権を持つに至ったが、これも未回収であった。

ちなみに、ワールドは昭和五九年一〇月ころに事実上倒産し、その頃より井上は行方不明となった。

(三) 被控訴人は、原審において、「昭和五九年二月、井上から本件手形の取立を依頼されたが、当時ワールドの通帳を持っていなかったので、偶々所持していた自己の控訴人名古屋支店の通帳を利用して取立の委任をしたが、日頃、同様な方法でワールドの手形の取立をしているので、何の抵抗も感ぜずにかかる措置をとった。」と述べていたが、当審においては、「ワールドは銀行の取引口座を持っていなかったので、日頃被控訴人名義の銀行預金口座を利用していた。」と、重要な点で異なる供述をしている。

2  本件預金の払戻しと右金員の返還交渉について

前掲各証拠に成立に争いのない甲第一・第六号証、原審証人浜野幸〓、当審証人村上十三男、同榎本明雄の各証言を合わせると、次の各事実が認められる。

(一) 被控訴人は、控訴人に対し、昭和五九年二月二一日本件手形の取立委任をしたうえ、右取立が行われたあかつきには、これを被控訴人名義の普通預金口座に入金となることとなっていたのを承けて、右手形の満期の前日である同月二四日、控訴人名古屋支店に対し、右取立金の払戻しについて問合わせたところ、満期の翌々日である同月二七日(月曜日)午後二時以降でなければ払戻しは出来ないとの返事を受けた。

被控訴人は、右二七日に再び二回も「手形は何時現金化できるのか。」と控訴人名古屋支店に問合せ、同日午後一時四〇分ころには、前記払戻可能時間までに未だ二〇分もあるのに、「取立済との連絡を受けたから。」と言って同支店に出向き、払戻しの請求をした。

(二) 他方、支払地の東京で交換に出された本件手形は、不渡りとなった為、控訴人の東京事務センターから控訴人の名古屋支店にテレックスで通知されて来たが、名古屋方面において不渡手形の取立依頼者等の特定をして各支店に連絡をする事務を担っている控訴人名古屋事務センターは、本件手形について、その処理が終わっていないにも拘らず、誤って処理済の連絡をしてしまった。

(三) 控訴人名古屋支店は、(一)に認定したように払戻しを急ぐ被控訴人の便宜を図り、規定の午後二時より前ではあるが払戻しに応じようと考え、一旦名古屋事務センターに本件手形が処理済であるか否かを問い合わせたところ、上記の如く処理済との返事を受けた為に、本件手形は不渡りにならなかったものと理解して、同日午後一時五〇分ころ払戻しをしてしまった。

(四) しかし、控訴人名古屋支店では、午後二時になると交換に出した手形を同支店営業二課において日次業務管理簿でいちいちチェックする仕組みになっている為、この手続を経ることによって上記東京事務センターからのテレックスとの対比の結果、同日午後二時五〇分ころ同支店は、本件手形が実は不渡手形であったのに、誤って右手形金が被控訴人の預金口座に入金されたものとして払戻しに応じてしまったことを知った。

(五) そこで同支店の関係者は、直ちに被控訴人に対し、同人が届け出た住所地宛に連絡をとったが、被控訴人は既に転居しており、同日午後四時三〇分ころにようやく被控訴人が前記御器所所在のワールドの事務所にいることをつきとめ、同所に出向いたが、偶々被控訴人は在席せず、出先にいるという被控訴人に対し、同所から電話で返金の要求をした。

被控訴人はこれに対し、「控訴人が確認して支払ったものではないか。」等と抗議し、同日は上京せねばならぬという為、控訴人名古屋支店の関係者らは翌日面接して話し合うことを被控訴人と約束した。

(六) 翌二八日以降、上記経過により、控訴人名古屋支店次長の浜野幸〓らは、被控訴人と面接交渉しようとしたが、被控訴人は言を左右にしてこれに応じようとせず、やむなく被控訴人宅の前に昼夜兼行で張り込む等の処置をとった結果、三月一日に至り、前記ワールドの事務所において、右浜野次長、同じく同支店次長の榎本明雄は、被控訴人及び本件手形の第二裏書人であり、且つワールドの主宰者である井上路生と話し合う機会を持つことができた。

(七) 右話合いは、被控訴人側は井上が中心となって行い、井上は控訴人方の要求に応じて、本件手形の第一裏書人である伊藤照芳に三月一〇日に買戻しをさせる旨の約束をした。

その後控訴人名古屋支店では、右三月一日を初めとして、同日から翌四月一二日までの間に井上・伊藤及び被控訴人と六回位面接して交渉し、また電話で四回程話し合った。この間被控訴人は、元々会社の為に取立を依頼された手形のことであるからとの理由で交渉を専ら井上に任せた形で放置し、井上も当初二回の面接には応じたものの、三月中旬以降は前記伊藤を代理に立てる等して会おうとせず、また被控訴人も従前同様無責任な言動を繰り返した。

以上の各事実が認められ、右認定に反する原審及び当審における被控訴本人の供述部分は前掲各証拠に照らし措信し難い。

三  右認定の事実関係に照らすと、本件金員の受渡が法律上の原因を欠くことについて、右受渡の当時、被控訴人がこれを知っていた即ち悪意であったとの疑いも全くないとは言えないけれども、しかし上記認定の限りでは、被控訴人が井上らと組んで詐欺的所為に及んだとまで見れないのはもとより、被控訴人が右不当利得性につき悪意であったとも未だ断定できないものである。

そうすると、被控訴人は、少なくとも金員受渡の当時、善意の利得者ということになるから、その受けたる利益の現存性が問題となるところ、被控訴人はこの点につき、本件金員は受領後直ちに井上に交付したので、被控訴人には現存利益はないとの抗弁を主張し、原審・当審において被控訴本人はこれに添う供述をしている。

しかしながら、前叙の事実関係によれば、(1)ワールドなる会社は、昭和五八年四月に設立させ、翌五九年一〇月には既に倒産しているような会社であって、その間、一介の社員である被控訴人や石川から計一億一四〇〇万円にも及ぶ債務を会社ないし井上の名義で借り受けたというのであるが、同社が果たして会社の実体を備えたものか否か甚だ疑問であり、現に本件手形についても、被控訴人の供述によれば会社の手形だというのに、手形面にはワールドの記載は表れていないこと、(2)ワールドが銀行口座を持っていたのか否かは証拠上必ずしも明確でないけれども、特段の事情のない限り、会社が一介の社員の銀行口座を利用して手形の取立を行うなどは通常ありえないところ、この点につき被控訴人は、偶々会社の通帳を所持していなかったとか、通り道で便利であったから自らの口座を利用したにすぎないとかの供述をするが、右は到底肯認しうる理由たりえないこと、(3)その存続期間、その間に負った債務額から窺われるワールドの経済力の脆弱さに徴すれば、被控訴人が自己の債権の確保も考慮せずに、漫然、本件一七〇〇万円の金員を直ちに井上に手交したこと自身疑わしいこと等、被控訴本人の前記供述は諸点において矛盾が多くたやすく措信できない(従って、被控訴人の「直ちに井上に金員を交付したから、現存利益はない。」との主張はその証明を欠くこととなるが、しかし右は、被控訴人が直ちに井上に金員を交付したことはないとの反対事実を断定せしめるものでもないから、控訴人の「被控訴人は本件金員所持中に控訴人からの連絡を受けたので、じ後悪意の利得者に変じたものである。」等の主張もまた採用することができない。)。

また、仮に本件一七〇〇万円が直ちに被控訴人から井上に交付されていたとしても、前叙の事実関係に照らせば、井上ないしはワールド・凱旋門こと石川・被控訴人及び伊藤らは、井上を中心にして経済的に一体であったと認められ、いわば被控訴人は井上の手足ともみられ、しかも井上に対し前記のように貸金債権も有している関係にあるから、単に井上に本件金員を交付したことによって、直ちに被控訴人に利益が現存しないことになるとは未だ認め難いところである。けだし、不当利得の制度にあっては、本来は利得した現物の返還が原則であるところ(従ってそれが現存しないときは返還の要がない。)、右が金銭の場合にあっては、金銭が価値を示すものである以上、右原則に固執することはできず、むしろ金銭は常に現存すると推定されるべきものであるところ、以上の如く経済的に密接な一体者間の内部的授受によっては、未だ授与者(即ち被控訴人)の価値支配は失われないものとみるべく、従って更に、被控訴人ないし井上において、その支配しうる他の金銭(ないしこれと同視しうるもの)に何らの減額を与えることなく、右一七〇〇万円を費消したとの事実が立証されぬ限り、前記推定は左右されぬところ、本件においてはその立証がないから、単に井上に交付したとの一事をもってしては、被控訴人に現存利益なしとは言えないものというべきである。

以上のとおりであるから、いずれにしても、利益は現存しないとの被控訴人の抗弁は、これを認めることができない。

四  現存利益の返還範囲について

以上によれば、被控訴人の「利益現存せず。」との抗弁事実は認められないのであるから、本来は被控訴人に対し、上記一七〇〇万円につきその全額の返還を命ずべきものである。

しかしながら、本件弁論の全趣旨によれば、被控訴人の主張中には、「みずから手形は決済ずみとして手形相当金を支払いながら、右金員の返還を求める控訴人の請求には背理がある。」との主張を包含するとみられるので、以下この点について検討する。

およそ不当利得制度は、利得者の財産的利得が法律上の原因を欠く場合に、法律が、公平の理念に基づいて、利得者に対しその利得の返還義務を負わせるものであるところ、善意の利得者については、その返還は「利益の存する限度」に限られていることは叙上のとおりであるが、右現存利益の範囲を決定するについては、単に物理的なそれのみならず、右制度の趣旨たる公平の理念に照らしてもこれを決するのが相当である。しかるときは、物理的なもののほか、当該不当利得関係発生の態様、受益の不当性及び原因欠缺に対する注意義務の懈怠等について、利得者及び損失者双方の関与の大小・責任の度合い等の事情をかれこれ勘案考量し、もって具体的公平を図るべきことが前記不当利得制度の趣旨に合することであり、また信義則上もかく解するのが相当である。

これを本件についてみるに、上来認定したように、本件の発生及びその後の経緯につき、被控訴人側にも多分に不審な或いは不誠実な言動が見られるけれども、しかし反面、本件発生の端緒を与えたのは、控訴人の名古屋事務センターの誤った処理済との措置であり、更に、数分待って、正規の支払時間になれば右事務センターの誤りもチェックされる仕組みになっていたにも拘らず、控訴人名古屋支店において、たとえ顧客への配慮とはいえ、慎重さに欠けたことがこれに輪をかけ(なお、本件弁論の全趣旨によれば、同支店は被控訴人に対し動かし難い信用を持っていたともみえず、むしろ数日来の問合せ等の経過に照らせば、金融機関としては不審を抱いて然るべきであったのに、安易に高額の払戻しを行ったのであるから、右慎重性の欠如は一層であるといわなければならない。)、右が本件紛争の要因となったことを思うと、顧客へのサービスに重点を置く銀行の営業方針を参酌してもなお、控訴人の如き大手都市銀行としては、まことに杜撰であったといわざるをえない。

よって、以上の諸点を彼比考量すると、被控訴人が控訴人に返還すべき現存利益は、上記一七〇〇万円の約四割に当たる七〇〇万円と認定するのが相当である。

第三 結び

以上の次第であるから、控訴人の主位的請求は理由がなく、予備的請求については、被控訴人は控訴人に対し金七〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和五九年五月一二日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき限度で理由があるが、その余は失当として棄却すべきである。

よって、これと異なる原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(別紙目録は、第一審判決目録と同一のものにつき省略)

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